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【立教立花組】浅川地下壕見学



 中国行きが延期になり、少しの時間だが浅川地下壕の見学会に合流させていただいた。

 浅川地下壕は、太平洋戦争末期、本土決戦に備えて陸軍が軍事施設を隠すために掘られた地下壕のひとつ。当初倉庫として作られたが、中島飛行機武蔵野工場が空襲に遭ったため、軍用飛行機のエンジン工場も稼動していた。中島飛行機は、世界有数の飛行機メーカーで、終戦直前にはロケットエンジンの開発も行っていた。現在の富士重工業や日産自動車等関連企業が残っている。

 現在史跡指定を受けている地下壕はここ浅川地下壕(東京都八王子市)、山海軍航空隊赤山地下壕跡(千葉県館山市)、日吉台地下壕(横浜市港北区)の3つ。24日に日吉台に行くので、あとは赤山地下壕跡に行けば日本の三大地下壕制覇だ。
 http://www2.city.tateyama.chiba.jp/Guide/?stoid=1892
 
 全長10キロの地下壕だけあって、高尾駅を降りて途方にくれた。本日は途中参加なのだが、見学中は皆携帯が通じない(地下壕にアンテナがあるわけない)。合流には手間取った。中島飛行機武蔵製作所第1製造廠があった「イ地区」のほか、「ロ地区」「ハ地区」がある。

 私が見たのは未完成の「ハ地区」。普段の見学は「イ地区」のみで「ハ地区」は崩落の危険性が高く見る機会が少ないようだ。見られるだけでもありがたい。入口で時代屋さんと「浅川地下壕の保存をすすめる会」の方が待っていてくださる。

 ヘルメットと軍手を借りて体を折り曲げ、狭い入口を入る。初めから頭をぶつけ、ごみとがれき、割れた陶器、とがった岩に足を取られる。誰でも入れる見学者コースではなく、懐中電灯で足元を照らして岩につかまってすべらないようにするだけで精一杯だ。暗闇の中、1人ではとても怖くて入れそうにない。
 
 優れた削掘技術で作られた「イ地区」と違って通路は迷いがあるかのように蛇行して掘られている。土砂を運んだ枕木の跡や、分岐点で枯木が1本ぽつりと立っている場所もあった。
「子供の頃は、近くに防空壕があってよく遊んだよ。昭和20年代は家のない人が住んでいたこともあったんだよ」とゼミで一緒の時代屋さんは懐かしそうだった。

 「保存をすすめる会」十菱武さんの話によれば、現在一般には公開されていない浅川地下壕も、歴史的価値があり安全性を強化した部分を保存し、公開する予定とのこと。別の地下壕等で陥没事故等が起きているが今後行政の対応が必要だろうとのこと。

 ちなみに、高尾に残る戦争の痕跡は、JR高尾駅1番線プラットフォームの東側上り口付近の柱に残る銃弾跡と太平洋戦争最大の列車事件(いのはなトンネル事件)の供養碑がある。
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