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ドラッカー

 さて、ドラッカーを紹介していただいて、少しずつ読んでいる。最近印象に残ったのは以下のくだり。

「顧客よりもさらに重要な人たちがいる。ノンカスタマー、すなわち顧客になっていて不思議でないにもかかわらず、顧客になっていない人たちである。変化は、彼らノンカスタマーから起こる」

「では、このノンカスタマーを知るための方法は何か。それは外へ出て、見て、聞くことである。重要な情報は組織の内部ではなく外部にある」

 この文章を見るとき、やっぱりR25のことを思い出す。
http://unno.eshizuoka.jp/e256375.html

 R25のつくりかた
http://www.amazon.co.jp/R25のつくりかた-藤井-大輔/dp/4532260337

 R25が偉いと思うのは、とにかく潜在的読者となりえるM1層の声を愚直に拾ったところだと思う。

 新聞は「おじさんメディア」である。雑誌で言うなら「サライ」の読者層が主流だ。雑誌はもともと読者層が細分化されていて、若者雑誌を読んでいる層がおじさん雑誌に手を伸ばすということはあまりない。ファッション誌は年齢だけでなくセンスの違いでも雑誌が分かれてくる。

 ネットはもっと細分化されていて、様々な条件を組み合わせて自分に近づけた情報を得られる特性のメディアだ。そう考えると、ビジネスモデル以前に「自分の人生に都合のいい細かい情報が得られる進化した方」に若者はとびついていくわけです。

 で、そうなると、今まで通りに幅広い年齢層に情報を届けるには、みんなが自分のための情報をカスタマイズできる多様なコンテンツプールを持っていることが大事なのだが、なぜか既存の新聞社は日経以外その路線をきちんと取らない。ネット企業はYahooなどが出版社と提携していて、いつか雑誌コンテンツを提供してもらえるかもしれない体制になっている。

 関係ないが、映画で言うと、すでに5年前位か、ソフトバンク系の通信会社がハリウッドに赴き映画の版権を買いまくっていた(専門の社員をヘッドハンティングして)という話を聞いた。今家にビデオオンデマンドが普及し始めているが、まさにコンテンツの先物買いだ。

 それに対し、いつぞや新聞で「検索ばかり頼っている若者は自分の価値観に合った狭い情報しか得られない。だから網羅的な情報がある新聞が大事だ」ということを言っていた人がいたが、何か合っているようで間違っている不可解な思いがしている。その違和感はおそらく、「理屈のレベルであって、愚直な声がない」からなのかとふと考える。

「どうしてもアウトソージングできない分野として何が残るか。この問いに対するドラッカーの答えがマーケティングである。マーケティングこそ、あらゆる事業にとって不可欠の機能である」
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春だから会いにいこう

 冬から経済の激変の空気をひしひしと感じている。
 ことに3月末、学びの方針をいかに変えるかというひとつの結論を頭の中をいったりきたりさせながら考えた。

 昨日、やはりそうかと思った。夕方誰かが言っている話。そのことで時間の使い方も学びの内容も変えるという…
 その人に会いに行こう。

 
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モデルとなる人々

 合宿も終わり本日から会社。ニュース番組も新年度に衣替え。実はこのブログも4月の授業開始までにはリニューアルの予定です。

 ところで合宿を終えて、「大人の学び」について理解が進む。

 子供は判断力も乏しく親に影響され、閉鎖された学校社会の中で生きざるをえない。その環境が悲惨だったことを生涯にわたり恨み、人生の指針にする人々もいるかもしれない。両親が素敵だったとかいい先生に人生の早い段階で出会えた人は運がいい。私はそうじゃないと思ってきた。

 大人になっても学校や職場にいても尊敬できない上司やくだらない環境はある。でも身動きが取れないにせよ、大人は機会をまだ少しは選ぶことができるのだ。大胆転身コースから、毎日2時間コースまで。
 いい人(時に本やイベント)と出会うのは1時間でも週に2回あれば十分だ。ただし3分位話しただけですごさが分かるレベルの人って自分で積極的に見つけにいかないと難しい。

 子供のころ、コンプレックスでいっぱいでやめてしまったことは誰でもある。でも楽しんでいる人と一緒にやるとできてくるのがわかる。何だ、機会の問題だったかと数十年もたって気づく。

 ただ人に学ぶにはギブアンドテイクも必要になってくる。上記のすごい人にはすごさを知る分、値踏みもされながらきちんとお付き合いできるかが問われる。ギブアンドテイクができていつか一緒に何かをやれる人から始められたらそれも機会。

 お金の関係で済むならそれはそれで。助力をうけたらありがたく受け取るのがいいんだ、と気が付いた。いまさらではあるが。
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ただいま合宿中

 都内某所で中村ゼミの論文合宿中。レジュメを持ち寄り、学生が発表。私は春から論題を立て直すので聴講しております。

 昨春からほぼ毎週ゼミがあり、皆3回はレジュメ発表している。冬に比べると格段に進んだ。団塊世代の地域参加のテーマに取り組んでいるHさんも快調だ。

 中村ゼミは明るくて風通しが良い。話術のたけた面白い方々が集まってくる。先輩の層が厚い。21世紀社会デザイン研究科の人気ゼミとして他ゼミも他大学も学部生も受け入れている懐の深いゼミだ。そんなに指導して先生に睡眠時間はあるのでしょうか(心配)。

 先生の誕生日が近いとあって、発表の合い間にバースデーケーキが。合宿で迎える誕生日は3度目とのお話。

 先生はグローバルCOEを申請中。
http://www.jsps.go.jp/j-globalcoe/data/koubo_setsumei/h21shinsei.pdf

 そして3月16日、グラミン銀行総裁ムハマド・ユヌス氏と社会的企業のビジネスモデルを考える国際産学協同組織「立教グラミン・クリエイティブラボ」の調印式があった。
http://www.rikkyo.ac.jp/news/2009/03/4531/

 先生はエンターテイナーでもあり、学部生とWiiに興じ、カラオケ屋で若者にフィールドワーク。別れ際に「今度映画撮ろうな」と握手しておられた。このフットワークの軽さに見ている側は感激するのみ。

 ゼミに来ると先生に若さをもらっちゃえます(?)。
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合宿2日前

 論文合宿まであと2日。論題の変更は案は出ているものの、ノリで変えたと言われるのは怖い。課題意識というのはある程度本を読まないと確立されない。
 別の学生は会社が離れた場所に移転するらしく困っていた。

 ところでこれから入学される方、試験を受ける方向けに話をすると、社会人学生にとって職場の理解を得るのは大事だ。

 学校は業務外のことだから会社は関知しないが、生活のペースが変わってきて別の時間に残業したりすると不審に思われたり、1人だけ早退して進み具合は一体どうなっているのだという事態になるので、授業開始前にいかに伝えて納得してもらうか。

 夜、チームの方と去年の反省会をする(?)。昨年相手が疑問に思っていたこともあっさり言ってくれて助かる。大学院に行ったほかの社員の話も教えてくれた。大学院生活の一つの落とし穴は行事への参加で、別の学年に顔を覚えてもらう意味はあるのだが引き受けすぎはどうかとか。
 また、困った時に他部員に一部の仕事を預けてしまうこと。

 上司の理解も必要だが、仲介になってくれたり大学院の勉強に興味を持ってくれたりする存在がチームに1人でもいるのはありがたい。去年は邪魔する人もいたけど今年はうまくいきそう。そういう人を味方につけましょう。
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防衛庁見学ツアー

 秋山昌廣先生が教鞭をとられる危機管理学演習の一環で、市ヶ谷台の防衛庁に行った。参加した学生は約20人。

 庁舎は東京ドーム4個分の広さ。道幅にもゆとりがあり、標識などできていない箇所もあった。建て替えの話があった時は右派も左派も大反対だったらしい。
 東京裁判が行われた旧陸軍士官学校は、庁舎の一番西にある。三島由紀夫が切腹した部屋の左のドアには未だ刀傷が残されている。ここは一般見学が可能。
http://www.mod.go.jp/j/events/ichigaya/tour/index.html
 学生の一人が後で「そういえば、案内役の方は、東条閣下と言ってなかったっけ?」と話していたが本当だろうか。

 さて、元防衛事務次官である秋山先生の授業はここでは終わらない。
続いて増田好平事務次官と次官室で面会できることに(!)。貴族が会食するような(派手ではないですが)縦長のテーブルで聞く。
 指される機会があるなら、もっと楽しく言葉のやりとりを考えれば良かったなと、大体いつも後悔先に立たずなのだが、純粋にお話できてうれしかったことは間違いない。

 場所を移して先生の退官記念講演と会食。テーマはオバマ政権における安全保障戦略。その中で紹介された「チーム・オブ・ライバルズ」と最初の100日間の話を興味深く聞く。それからソマリア海賊の話に移り、民間の船主と海上自衛隊は実は距離を置いているという話も聞く。同行した学生の某さん曰く、「例えば関東軍も戦後庶民を置いて先に逃げた。陸軍に関わらず軍は信用ができないという歴史の流れがそうさせているのではないか」とのこと。

 会食では先生はじめ修了生など知らない先輩方との挨拶も。
今回取りまとめでお世話になった2年生のKさんは、修論で民族紛争が起こる原因を歴史、経済面で分析したそうだ。Kさんの東欧の民族紛争、東欧と西欧との関係に関する話に始まり、ドイツの戦争責任、ユダヤ人はなぜ表舞台に出てこないのか、名建築の保存、建築のモダンとポストモダンの話、国語はなぜ戦後歴史的仮名遣いをやめてしまったのか(福田恆存「私の國語教室」に詳しい)、一時日本語をフランス語にすべきだという山本有三の主張はなぜ出たかなどというとりとめのない話が終電近くまで。4月から授業何取ろうか?という情報交換ももちろん(笑)。

 帰り道、佐野眞一著「目と耳と足を鍛える技術」を読んで「小文字言葉」という言葉が印象に残る。色々な方々が文章論で「説かずに語れ」というのだが……。今日の話を小文字言葉で書くには、もう少し出会った方々の人となりも知ってた方がいいのかもしれない。ダイエー中内氏の豆腐八丁の話のようなものは無理にせよ。歴史意識を持って事象を書くという部分も気になった。
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追いコン!

 最近は学内行事続き。昨日は福田秀人先生の送別会。先生の著書はこちら。

 ランチェスター思考

 福田先生はひとクセある先生。それも皆お約束という感じで、ブラックジョークを交えて(?)楽しく会は進む。同じ学年のゼミ生にこれまでの話を聞き、普段なかなか会えない2年生の先輩方と歓談。ゼミの方々との親睦中心で進めた。

 主査が4月から変わるので、他の方が心配してくださる。学部出身者の面倒を見た方がいいとか、自分に関係ない分野の授業も取ると後で役に立つと助言もいただく。「春らしい服にしなさいよ」とT先輩。そろそろ衣替えの時期ですね。
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どんな問いを立てるのか

 4月が近づき、新入生歓迎行事の案内や論文合宿の案内、追いコンもあり忙しい。

 最近私の通学も周知されつつあり、一部の方には「まなんでは学校行かないとうるさい」と思っていただけるようになった。一緒に同僚とお昼に行くと「何を勉強しているの?」などと関心を持っていただける。一方人に話してみると自分の熱意の伝え方やテーマの掘り下げ具合も見えて困ってしまう。

 腑に落ちないのは、自分が立てた「問い」が社会問題の表層的なレベルの解決だけに留まっているのではないか、また自分のライフワークにリンクしていないのではないかという消化不良の思いだ。

 もうひとつは会社とのバランスである。昨年は無理やり合わせてみようともしたが心理的に抵抗感が出た。だからといって孤高のテーマをやる気もない。学校に来たからには、会社との関連があり、その場限りのビジネスとは違う、もう少し深い話を提示できるようにならないだろうか。

 今やっている平和教育も先生のご関心からフィールドワークが始まっていて、学生は先生の後を追いかけて知識を深めている段階にすぎない。「平和教育を学んで自分なりの新たな切り口ができるのか」というところまで持っていく必要があるのだろうが……。

 そもそも平和教育の話は「学ぶ人々」のひとつの要素にしかすぎない。その下には土台が必要だ。前にも書いた通り昨年バラバラにやってきたことをまとめないと今年も同じ目に遭うだろう。

 というわけで今月末の中村ゼミ合宿。計画書はうまく書き換わるだろうか?
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なぜ学校へ行けなくなってしまったか

 今回は私のお友達である大学院生A子さんの話。
 社会人学生の中にも会社に通学を隠さないといけない人たちがいると聞いたが、多かれ少なかれ似たような事情はないかと思い、書いてみることにする。

 それは今年の初めだった。A子さんは社長に直訴メールを送った。
 そこでA子さんは書いた。
 「なぜ学ぶのか分からなくなりました」

 動きは早かった。直訴メールの翌日にある方に昼に誘われた。でも実際に話したのは1月終わりくらいだったか。
 開口一番言われた。
「君は上司にいじめられていたんだろ?」
 今回は自分が言うべき立場ではないと思っていたし、最近こんな状態に慣れてきていた。
 でも見ていてもらえた。救われた。

 学業というのは職場の理解があってこそ成り立つわけだが、直属の上司との関係は、学業をやることでかえって悪くなった。

 学業に理解を示している人も社内にいた。
ある場面では非常に支援を受けているのに、目の前では学業をやることで嫌われ、仕事を取られる。
 目の前の上司の要求することに素直に導かれていって、組織は良くなったり前に進むかというと、何か違う気がする。
 近くではないところで、別の思いを持っている人がいる。A子さんはそっちが正しい気がするのだが。

 前述の直訴メールの話をすると、A子さんの問いに対し、会社は答えを用意してくれた。

 A子さんの会社は、時に週刊誌に載ったりして、悪い所ばかりが伝えられやすい。
 いい人やいい話もあることを誰かが伝えたっていいと思うのだ。
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学内施設

 昨日は新宿モード学園の中にある「ブックファースト新宿店」併設の
「BLUESQUARECAFE」にいた。
http://www.transit-web.com/shop/cafe/blue-square-cafe/

 六本木のTSUTAYA(http://news.walkerplus.com/2008/1210/4/)を小さくした感じなのだが、ブックカフェで電源があるのは便利だし、近くが電気街とビジネス街で色々揃っているのでお勧めの場所。
 モード学園の学生やビジネスマンがネットブックを持ち込んで使っている。別室で蜷川実花のサイン会をやっていた。簡単なトークショーができる場所でもある。工学院大学とも近い。

 ところで、社会人大学生が夜使える学内施設というのは図書館とメディアセンター位しか浮かばない。学食も遅くまでやっていない。8限があるのでいいのかもしれないが(笑)。院生室があるのはありがたいのだが(集いの場だし)。他大学もそうだろうか。

 大学内の施設は懇親会で使った所しか存在を知らないので、4月にキャンパスツアーに参加して見てみようかと思う。

 カフェといえば。

福武ホールのUTCAFE。イベントがある時覗いてしまいます。
http://fukutake.iii.u-tokyo.ac.jp/facilities_inside-ut_cafe.html

神戸大学にはこういうカフェもある。カフェは就労の場でもあり、授業外の学びの場でもありますね。ちなみにUTカフェでも新人さんが教えられてお茶を入れてました。
http://www2.kobe-u.ac.jp/~zda/agora/agora-index.html

藝大にもアートプラザと併設したカフェがある。これも行ってみたい!
http://www.geidai.ac.jp/facilities/artplaza.html
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大連の旅その後(2)

 週末2日間の学校は学びも充実だったが色々ありました。ひとつ気づきもあったのだが、これも別項で。

 hamapro先生のところを訪問。とりあえず申し訳程度につないだ短い映像を持参し反省を長々と述べる。

 大連に行って色々案内していただいたが三脚を使えなかったこと。車で連れられたために3本撮っても使えるカットがわずかなこと。4日ではとても間に合わなかったこと。(建物をひとつひとつ撮影するためには、1日かかるだろう)。
 先生はかつて中国に滞在しておられたので、大連のここを撮ればいいのではという話になる(行く前に相談すればよかった)。
 手ぶれ映像をスローにして、音だけ分離する方法を教えてくださる。

 途中でケータイを出した。「小沢の秘書が逮捕されたそうだね」。以前は1時間ごとにラジオのニュースをつける人もいらしたが、最近は携帯電話のアラートメールがある。

 先生は対外開放された都市に外国人初で入ったことがいくつかあるそうだ。また民家も訪問されたご経験があるという。
 私はまだ南に行ったことがないが、アモイは台湾に近いゆえに開けているそうだ。「コーヒーを飲みにアモイに行くとおしゃれ」なる話題があり中国の若者にもウケていることは地元の新聞で知っていた。中国ではまだコーヒーは都会以外珍しい飲み物だ。

 「けいこさんは教室の中で何を撮りたいのかよく分からなかったんだよね。私の場合は農業だったけど、1点突破だと思います」
「計画を立ててデータを徹底的に集めてからやる方です。そうでないと動けないというか、仕事だと取材相手がいるからね」。

 今回も色々伺いました。
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春が近づく

 日曜日は青森へ。今その話を書いているのだが、今日は色々締め切りがある日で別のこともやりながら書くという感じだ。

 3月は本当に行事が多い。追いコンの手伝いもあるし、思うことも色々ある。

 本当は4月に向けてこれまで読めなかった本をゆっくり読みたいと思うのだけれどこれまで時間がなかった(というより読むのは満鉄の本)。とにかくもうこれ以上今月は予定を入れないで本を読もう。
 今日は、「イノベーターの条件(ドラッカー)」を買った。起業に限らず色々なことに応用が利きそうだし明日から読んでみることにしたい。
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春休み~2年へ向けて勝手に反省会

 春休みだ。4月から2年生になるにあたり、そろそろ自分の考えをもう少し進めておかなくてはいけないのだが、気がつけば色々なことがあり、せっかくやりかけたことを忘れかけているので呆然とする。

 21世紀社会デザイン研究科に入ると、学生は全員「比較組織ネットワーク学専攻」という肩書きになる。研究科で学べるのは「社会組織理論」「コミュニティデザイン学」「危機管理学」の3分野だ。この1年、登録した授業は危機管理分野ばかりだったが、この研究科で学ぶべき本質のテーマは肩書き通り「組織とつながり」だと最近思う。危機管理は第一に来るのではなく、この2つに付随して必要になる要素なのだと思った。

 こんなことを書いたのも、研究計画書を書いた当初は入手できる情報が入学案内位で、本来研究科で学べる学問と本人がやれると思っていたことに乖離があったからだ。それが1年たって授業でやったことを思い出すことで、研究科の強みと自分のやりたいことをつなげていくという感じだ。

 思えば入学時から「あれもやろうこれもやろう」だった。自分の仕事と学問分野が違うというのが大きな理由だ。
 例えばNGO職員とか区議会議員の人は日頃やっていることの延長上で明確かつ純粋にテーマを持っている。現在の職業で多様なテーマが必要とされているせいもあるし、自分が一番やりたい論題は一部の人にカドが立ってしまうのが分かるのでできなかった。
 他の方々が薦めてくださる分野もそれなりに理由があるので大事にしたいという気持ちも最近ある。

 また読書についても反省あり。ひとつの授業で取り扱える本の数は限られていて体系立てて読むという作業がうまくできていない。
 全集だったら最初から最後まで読めばいいし、「社会学」や「哲学」なら読むべき定番の本というものはある。しかし「危機管理学」のために何を読むのかは授業を登録していない限り知ることはない。別の分野はそれなりに紹介されたが、危機管理学の先生の中で体系的な本の紹介があったらよかったなと思う。

 入学生向けに研究科でブックガイド作った方がいいですよね?といいつつ、中村ゼミではしっかり配られたことを思い出した。

 というわけで、授業開始までまだ1カ月。もうこれ以上仕事が遅れたら大変なので会社戻ります……。
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会社で「学ぶ人々。」

 「学ぶ人々。」を初めて4カ月。今は仮ページで特に積極的な策は講じてないけれど、じわじわとページビューが増えてきてうれしい。今まで作ったブログと違い、色々な人に見てもらえているので(^_^)。

 また、院に1年行って社内に敵ばかりだと思っていたのだが味方もいることがわかった。会社に隠れて大学院に通わねばならない人に比べれば、今、社内での学業の理解は進みつつあるのだ。

 あと、いい本もご紹介いただき。今読んでるところですから。

 昨日会社の先輩の送別会があった。元職場の仲間が一同に集まったのだが、8年前にも関わらず3日前まで一緒に働いていたのではないかという位楽しい。
 私よりずっと先輩(50代)であるが、中国の大学で先生をされるそうだ。もともと飄々とした方だが、25年働いてもういいかなと、会社を辞めるのはうれしくも悲しくもない心境なんだそうだ。大きな大学の先生を断る形で、比較的新設の大学を選んだ。聞いてみると現地の大学教授との出会いがあったり、資格の勉強があったりと5~6年は下地があるようだ。
 東北部の大学だそうでこの間行って来た旅の知識が役立つ。旅は行くものだね、やっぱり(頻繁には行けないけど)。
「ゲストルームを」「温泉はあるんですかっ」「日本に残していくゴルフ会員権はどうするんですか?私に使わせて下さい!」
などと送別を惜しむ声、いやその人をダシにツアーを狙う声多数。

 某社内選考で選ばれた人も出席していた。大学院を契機に着実に自分のキャリアにつなげている。単なるキャリアアップという視点ではなく、専門性を磨くという形で光っているのだ。私も応募して落ちたのだが、以前から知っているのでこの人なら仕方ないなと思った。社内でこういう方が先頭に出てくれると助かる。
 会では、さらにもう1人、春から大学院に通う旨近況報告があった。

 4月のこともそろそろ視野に入る。
 院をしっかりやるんなら大幅でなくても両立できる環境を作っていかなくてはならない。昔の仲間と会ってみて、何だこんな楽につきあえる世界も社内にあるんだと思った。仕事の厳しさはあれど、皆明るい。
 今のままでは業務も大学院も共倒れの危険である。やばい。
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教養ブームは来るだろうか

 21世紀社会デザイン研究科は、アカデミックな研究科と比べると実学の要素が多い研究科だ。かといって労働者階級の研究科であるわけはない。哲学や社会学を土台にしたコミュニティデザイン学や危機管理学、平和学。例えばここの研究科らしい本はロバート・パットナムの「孤独なボウリング」やドラッカーの「非営利組織の経営」、谷本寛治の「CSR」、ムハマド・ユヌス「貧困のない世界を創る」など。入学試験前に知っていればよかったと思う本だ。

 この研究科に来て一番新鮮だったのは、北山先生の「アイデンティティ論」でフーコーとジンメルを読んだことだ。

 このブログを立ち上げた目的のひとつに、「なぜ教養なのか」自分なりの答えや言葉を見出したかった。開設するに先立ち、立花先生の「東大生はなぜバカになったか」という本を読んだ。そこには「教養はなぜ必要かと質問されてあきれる立花先生」のくだりがある。「教養」を非常に重視するのはある一定の世代だ。地雷を踏むと怖いなと思う。

 とはいえ「教養が必要」というのは、学校に来て講義を聴いていると分かるので自分が情けなくなる。歴史認識しかり。哲学しかり。何て自分はものを知らないんだろう。
 「教養は大事だ。教養を持たないと知的エリートになれない」とストレートに主張するのは簡単だ。でも若い世代にはワンクッション必要で、教養への必要性を自分の内側に感じるための橋渡しを作る必要がある。立花先生の授業が貴重だと感じる。
 
 私が今欲しいと思うのは、氷河期世代が「蟹工船」の次に読むべき本のブックガイドだ。実用本、勉強本の紹介はあれど生きるための教養本の紹介は見たことがない気がするのだが。
 氷河期世代の論者が誕生している。湯浅誠、雨宮処凛、城繁幸……。
不条理さを味わうゆえになぜこのような目に遭うのか、自分は一体これからどこへ行くのか。同じ目線で指針を示す論者が必要とされるし、サブプライム不況で、拝金主義で「勝ち組」「負け組」を目指すだけでは何か物足りないという意識を皆覚えるようになるのではないか。「教養」ニーズは今後の若い世代にあるような気がする。
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アジアの社会企業家

 久しぶりに中村ゼミにお伺いする。
中村先生は副査としてお世話になった。毎週あるゼミがペースメーカーとなる。先輩のフォローも厚いし、皆の意見も聞けるところが個人指導のゼミと違う。何より先生が熱心だ。(先生がつかまらず追っかけもいるらしいと聞きますが…)
 NPO法制定の時は1都3県を往来する位のハードワークをこなしておられたそうでご多忙だ。ゼミをほぼ毎週欠かさず、この日も5時間のゼミに社会人学生が出たり入ったり。

 授業後少し話す機会があり、近況報告もしつつ、先生よりアジアの社会企業家についてお話を伺う。
 立教大学はダッカ大学、グラミン銀行と協定を結んでいる。今後立教大学がアジアのNGOの研究拠点になる構想だ。
http://www.rikkyo.ac.jp/news/2008/09/1208/
 20日にBRAC総裁のファズレ・ハサン・アベッド氏が来校した。
http://www.rikkyo.ac.jp/feature/abed/
BRACの活動はNHKスペシャルの「沸騰都市ダッカ」に詳しい。
タイのNGO、PDAとの協定もあるという。
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佐野先生の公開授業のお知らせ

 開発教育の授業を担当しておられる佐野先生が以下の授業を行われるそうでお知らせします。

□■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■ 立教大学21世紀社会デザイン研究科 『開発教育とコミュニティ』公開授業ワークショップ『タイと日本の人身売買問題を知ろう!考えよう!』
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
人身売買は、決して自分と離れたところにある問題ではありません。
このワークショップでは、一冊の絵本「子どもの権利を買わないで~プンとミーチャのものがたり」(大久保真紀著/2000/自由国民社)を通して、「人身売買とは何か」「なぜ起きてしまうのか」、そして最終的に「自分には “なに” ができるのか」を考えていきます。新たな気付きが、次の行動への“きっかけ”になるかも知れません。1人でも多くの皆さんの参加をお待ちしております。
・・・・・・‥‥‥‥‥‥‥…………………
■と き: 2009年 1月13日(火) 16時 ~ 18時
■ところ: 立教大学 池袋キャンパス 11号館1階 A101教室
《アクセス》http://www.rikkyo.ac.jp/access/pmap/ikebukuro.html
■参加費: 無 料(申 込み不 要)
■主 催: 立教大学21世紀社会デザイン研究科 授業「開発教育とコミュニティ」 (担当:佐野淳也 立教大准教授) + 「てのひら~人身売買に立ち向かう会」http://wwwj.rikkyo.ac.jp/kyomu/in/11sei/Vm0/169_0_1.html
…………………‥‥‥‥‥‥‥・・・・・・
・・‥……… ……………‥・・
『てのひら~人身売買に立ち向かう会』
・・‥……… ……………‥・・
「てのひら」は、人身売買を放置しない社会を目指しているNGOです。人身売買について考えてもらうきっかけ提供をする「社会啓発活動」と、被害の当事者に寄り添った「当事者支援活動」を実践しています。海外協力として、タイのNGOをパートナーに、スタディビジットや基金運営も行っています。2004年設立。団体やワークショップについての詳細は、HPまたは事務局へお問い合わせください。http://www.geocities.jp/tenohira_trafficking
・・‥……… ……………‥・・
人身売買とは??
・・‥……… ……………‥・・
人は、誰もが豊かになりたいと望むものです。もちろん、それぞれにとっての豊かさの基準や違いはありますが、家族のため自分自身のために…。さまざまな理由で人は豊かさを求めます。
人・物・金が国境を越えて行きかう今日、地域を問わず「移住労働」は行われています。より豊かな場所へ、国へ、海外から日本へ移住労働に来ている外国籍市民だけでなく、日本の中でも地域格差の中で、地方から都市へ老若男女を問わず移住労働は行われています。移住労働をする背景にはさまざまな要因がからんでいます。
人が国境を超えるとき、都市に働きに来るとき、詐欺や、甘い誘惑 を用いて、あるいは誘拐、弱い立場の濫用などを用いて、ブローカーが歩み寄り、監禁や暴力、脅迫などのあらゆる力によってその人を脅かし、肉体的・精神的・性的に「壮絶な搾取」をすること、それが人身売買という犯罪です。
 世界では、年間250万人を超える人々が人身売買の被害に遭っていると国際連合では推計しています。人身売買された人々のある人は、給与のほとんどを奪われ、ある人は騙され性風俗店に売られ毎日のように売春を強要されています。海外から日本にやってきた人たちの中にはパスポートを奪われ、狭いアパートに監禁され、夜、売春をさせられるとき以外は外出が許されなかったという人もいます。
 このような現状にもかかわらず、未だに人身売買の存在は日本社会では広く知られていません。「貧しい国から富める国へ出稼ぎに来る人たちだけの問題」という偏見の中で、日本には関係のないこととして見過ごされています。しかし、18歳以下の日本の子どもをターゲットにした児童買春や子どもの人身売買被害は、警察庁が把握しているだけでも毎年3000人を超えています。
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で、大学院てどうなのよ?

 修論の追い込み状況を見てああ年末だと気づく今日この頃。
2年生のアドバイスがためになります。が、がんばってください……。

 大学院入試も間近につき、一学生としてぶっちゃけ「大学院って役に立つの?(特に21世紀社会デザイン研究科は)」という問いに対する中間報告をしたい。途中経過だがイエスだ。

 当初、大学院なんて高いカルチャースクールかもしれない…とたかをくくっていた。ビジネススクールでもない「社会デザイン」という分野は漠然としていて何に役立つのか見えなかった。
 でも現在の業種の延長線上で、かつ課題解決の視点から論文を作ればそういう不安は消える。自分の課題意識を人生途上で整理する場や技術の習得(計画書、資料の読み込み)は慌しい職場では作れない。何人かの先輩から「酒の場の方が学べるんだ。学校なんて」「論文なんて仕事に役立たない」と言われたが、実践してみると学校の学びと酒の場の学びで得られる物は全く別物だと言える。その点を職場に対してうまく説明できないのはもどかしい。

 立花ゼミでの課題図書や発表、講演会、フィールドワーク、ブログでの情報発信の組み合わせはおもしろい。
 私は課題図書以前に東京裁判の入門書から読まないといけず時間がかかっているのだが。

 「大学院は夏期講習のスクーリングで修士を取るものだ。2年も行くなんて」とも言われたが、修士という資格だけがあればいいのか。「社で派遣する以外は自己責任」と言われたが、わずかな人だけで組織は支えられるのか…?

 なにより、ここに通うと先生や他の学生の皆さんと関わって頭が下がることが多いです。特にこの研究科は色々な方々と知り合えます。

 、やはり学校が遠いのは痛い。
 私の職場では1時間時間を早めるのも週1日しか許さない空気があったし、ルールを決めてもピリピリとした空気を感じざるをえなかった(別の学生は1時間退社を前倒してもらっていた)。人手不足だから仕方ない話だと本当に思うんだけど。
 しかし、中長期的な視点で見れば私はそういう冷たい目を振り払っても授業に出た方がよかったのではと考えている。

 ワークライフバランス施策として、1年限定の「自己啓発支援制度」位作ったらいいと思う。半日は出社して後は存分に授業を取れるといいのに(社の理解がなければ使うのは怖い)。

 皆さんはどう思いますか?答えはバラバラだと思いますが…。
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学会書類提出

 今は朝マックしながら、学会に提出する書類を書いている。
 本日締め切り。いやーもう逃げられません!!

 博士課程を修了した知人によると、学会の難易度も初学者が挑戦できるレベルからベテラン向けの敷居が高いものまで色々だそうだ。もう5回は「提出やめたい」「打ちのめされて2年生から大学に来れなくなるのでは」と叫んでいるのだが、彼女曰く「いや、そうしてこそ勉強が進むのよ」とにこにこして言う。

 そうしているうちに1年生で提出するのは大手ゼミを取りまとめる敏腕ゼミ長と逃げ遅れた私だけになってしまったではないか。
 提出すると宣言した他の学生は裏切ったらしい。ショック!(苦笑)。心境はほとんど崖っぷち(…って毎日だが)。

 学会に出す利点は、ズバリ「修士論文が進むこと」。「修士論文の2章位まで」を仕上げる位にすることがコツだという。だから形式もそれに近い形で書くといいのだとか。
 書類の段階では当然、研究が進んだ(あるいは進むと見込まれる)範囲までを要旨とする。下手に大風呂敷を広げてしまうと、後で困った話になるので注意。

 しかし先日、私より10歳以上も年齢離れた若者(同じ学校の出身)が米国の政治学系の学会に乗り込み玉砕してきた話を聞いて、いったい彼と同じ頃にワタシ何やってたの、と腹立たしい気持ちがした。学会自体、自分とは縁がないものだと思ってきた了見の狭さ。

 20代の時やらなかったことが今日の後悔を生んでいる。恥はできるだけ若いうちにかいておけということか。
 

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