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登戸研究所を見に行く

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 世間は3連休。せっかく休みだし、戦争遺跡のゼミに入った手前、実際に遺跡を見に行こうと思い立った。

 六本木にある旧歩兵第三連隊兵舎の前を時々通る。二・二六事件の時に反乱を起こした将校が出撃した場所だ。国立新美術館建設後に大半が取り壊され、現存する部分は10分の1にも満たないらしい。兵舎保存に対し、黒川紀章氏が激怒したらしいとか。

 体裁も遺跡というより美術品。ガラス張りで美しすぎて、これ遺跡?という趣だ。ポンピドーセンターの建築家が設計した政策研究大学院大学と国立新美術館の間に挟まれ、観光客にはオブジェと思われているかもしれない。

 もっと戦時の痕跡を留めた戦争遺跡はないのか?ネットを検索していたら、川崎市多摩区の明治大学生田校舎にある旧陸軍登戸研究所の写真がブログに掲載されており、興味を引かれた。

 陸軍には第1から第10まで技術研究所があり、登戸研究所は第9技術研究所の秘匿名で秘密戦器材を開発していた研究所だ。当時殺人光線や風船爆弾、原爆の研究もしていたという。陸軍中野学校にも関係の深い場所でもあり、東京裁判でも詳細が明かされず、帝銀事件で使われた毒物が同研究所で製造された青酸ニトリールであるとして話題になった。89年には毒物兵器に関する内部文書も市民グループの手で見つかっている。

 戦後明治大学が国から敷地を買い取り、校舎を利用してきたが、新校舎ができるたび当時の建物が壊されてきた。2005年には文化庁の軍事に関する近代遺跡のうち、特に重要で詳しい調査が必要とされる50件の中に選ばれている。

 関連書籍は多数出ているのだが、保存運動について調べると90年から署名運動が始まっているようだ。現存する施設が取り壊される計画が浮上したのが2005年。「旧陸軍登戸研究所の保存を求める市民の会」(http://www.geocities.jp/noboritokenkyujo/)が結成されたのが2006年。
 神奈川新聞によると、2010年までは暫定保存されることになり、文化財になるかどうかはこれからが正念場だという。
http://www.kanaloco.jp/localnews/entry/entryxiiiaug080852/

 文化庁に選ばれたから取り壊す必要がないのでは…と思いきや、調査や保存は自治体任せというのは一体どういうことだろう。
http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200802070085.html

 個人的に戦争遺跡を見るなら研究所めぐりだろうか?第1から第10まで残っていればいいが現存している場所は少ないのだろうなあ。

 そんなわけで文化の日、小田急の向ヶ丘遊園駅で下車して生田校舎に向かった。
 正面を入り右手に見えるのは2004年にできた第二校舎A館。一見どこにでもあるような近代的なキャンパスだ。

 左に曲がり、研究室を見ながら5分ほど歩くと、1号館の裏手に突然、時間が止まったような空間が現れた。夏なら肝試しに使えそうな雰囲気だ。

 現存する5号棟と26号棟の2つの木造建築は、第三科と呼ばれる極秘部署の管轄だった建物。少し離れて風船爆弾や枯葉剤を研究していた36号棟がある。キャンパス内の地図にははっきり書いてあるものの、明治大学ホームページでは存在すらない。
http://www.meiji.ac.jp/koho/campus_guide/ikuta/campus.html

 木造建築を見る前、構内の反対側にある弥心神社へ寄った。手水舎は枯れており、賽銭箱周辺の掃除も長らくしていない。研究中に事故死した職員をまつっているのにたたられやしないか?ここも夕方近寄るのは怖い場所だ。

 5号棟は中国に傀儡政権を作るために用意された偽札工場だった。離れた所で見入っていると、つなぎを着た学生がバケツを持って入っていく。おいおいそんな気軽に遺跡に入れるの?

 「入ってもいいんですか?」と聞くと、
 「ここ倉庫ですけど? 農具が入っているだけですよ」といぶかしげな顔をされた。
 蜘蛛の巣を真上に見ながら割れたガラス窓から中を覗くと、実験道具が置かれる物置になっていた。

 26号棟も同様の目的で使用された建物だがロープが張られ、入ることができない。ここにも大きな蜘蛛の巣。裏口に回るとツタ。いまどきこんな老朽化した建物は珍しい。

 食堂館スクエア21前にある、陸軍の☆マークがついた消火栓は、吸殻が詰め込まれ灰皿代わり(?)になっていた。半分地中に埋まっており、最初通った時は見逃した位だ。もうひとつの消火栓はベンチが並ぶ並木道。すぐ近くに農学部卒業生の植村直己の記念碑がある。

 大学の管理が行き届いていると思っていたが、一部普段使いもされている状況なのに驚く。現状では「文化財」という扱いではないようだ。
 今まで博物館で丁寧に保存され公開されている史跡や遺品ばかりを見慣れてきた分、保存がなぜここまで無造作になるのか不思議でたまらない。

 学術調査が一番の決め手なのだろうが、地域資源と言われるだけのインパクトは十分あり、壊すのはもったいないと感じた。以下の通り近々講演会もあるようなので見に行くことにした。

 というわけで登戸研究所の話は次回につづく。

 <登戸研究所に関するイベント>

 11月8日(土)10:30~12:30 講演会(明治大学生田校舎)
「明治大学登戸研究所展示資料館の目的と展示構想」山田朗(文学部教授)
「アジア太平洋戦争で陸軍登戸研究所が果たした役割」渡邉賢二(文学部兼任講師)

 11月17日(月)~11月27日(木)
 開設予定の登戸研究所展示資料館のプレ展示開催(明治大学生田図書館)

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