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で、大学院てどうなのよ?

 修論の追い込み状況を見てああ年末だと気づく今日この頃。
2年生のアドバイスがためになります。が、がんばってください……。

 大学院入試も間近につき、一学生としてぶっちゃけ「大学院って役に立つの?(特に21世紀社会デザイン研究科は)」という問いに対する中間報告をしたい。途中経過だがイエスだ。

 当初、大学院なんて高いカルチャースクールかもしれない…とたかをくくっていた。ビジネススクールでもない「社会デザイン」という分野は漠然としていて何に役立つのか見えなかった。
 でも現在の業種の延長線上で、かつ課題解決の視点から論文を作ればそういう不安は消える。自分の課題意識を人生途上で整理する場や技術の習得(計画書、資料の読み込み)は慌しい職場では作れない。何人かの先輩から「酒の場の方が学べるんだ。学校なんて」「論文なんて仕事に役立たない」と言われたが、実践してみると学校の学びと酒の場の学びで得られる物は全く別物だと言える。その点を職場に対してうまく説明できないのはもどかしい。

 立花ゼミでの課題図書や発表、講演会、フィールドワーク、ブログでの情報発信の組み合わせはおもしろい。
 私は課題図書以前に東京裁判の入門書から読まないといけず時間がかかっているのだが。

 「大学院は夏期講習のスクーリングで修士を取るものだ。2年も行くなんて」とも言われたが、修士という資格だけがあればいいのか。「社で派遣する以外は自己責任」と言われたが、わずかな人だけで組織は支えられるのか…?

 なにより、ここに通うと先生や他の学生の皆さんと関わって頭が下がることが多いです。特にこの研究科は色々な方々と知り合えます。

 、やはり学校が遠いのは痛い。
 私の職場では1時間時間を早めるのも週1日しか許さない空気があったし、ルールを決めてもピリピリとした空気を感じざるをえなかった(別の学生は1時間退社を前倒してもらっていた)。人手不足だから仕方ない話だと本当に思うんだけど。
 しかし、中長期的な視点で見れば私はそういう冷たい目を振り払っても授業に出た方がよかったのではと考えている。

 ワークライフバランス施策として、1年限定の「自己啓発支援制度」位作ったらいいと思う。半日は出社して後は存分に授業を取れるといいのに(社の理解がなければ使うのは怖い)。

 皆さんはどう思いますか?答えはバラバラだと思いますが…。
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年末いろいろ

同じ立花組の大先輩skykさんより
「今この記事が熱い!」ということでメールをいただきました。
小悪魔ageha…ユニクロ愛好者の私にはかなり遠い世界ですがいつも
輝く表紙はコンビニで注目しております。
http://d.hatena.ne.jp/skyk/20081004/1223100381
さっそくトラックバック&ブクマしますので、よろしくお願いします。


本日のNHK教育テレビは環境特集をやるそうです。ap bank
も出ますよ。
21世紀社会デザイン研究科生的な番組です。
 

SAVE THE FUTURE 年末スペシャルhttp://www.nhk.or.jp/eco2008/program/special081229.html


年明けですが、世界的ソーシャル・アントレプレナーの
バングラデシュのBRAC総裁アベッド氏が来校
されるそうです。
職員数10万人ですから半端じゃありません。必見です。
http://www.rikkyo.ac.jp/feature/abed/
 

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「裁き」の公開と公文書館

 本日で一応の仕事納め(早いね~)です。29日で終わる会社も多いのでは。

 さて、公開講演会の後も東京裁判60年の話題を。

 9月11日から極東国際軍事裁判(東京裁判)の全記録のマイクロフィルム化が終了し、6千件の記録文書が見られるようになっていたそうです。被告の弁護人から集めた「弁護関係資料」は個人情報が多く、これまで非公開だったとのこと。
 たけしが東条役のドラマが放映されたのは、終戦記念日前後に公開資料の中から東条英機のメモが発見されたことが関連したわけだと今さら知りました。

 ところで、公文書館ははっきり言ってよく分からん。人生に関係ないと一度も行かずに終わりそうです。「図書館・アーカイブスとは何か」という本の中でも、日本が1987年になってようやく公文書の機能を規定する公文書館法を議員立法で制定したが、未だ認知度が低いという話が掲載されていました。

 07年から公文書を民間企業と組んで公開しはじめているアメリカの話は日記にも書きましたが、一方ドイツはWikipediaと組んで公文書を広く一般に公開するそうです。
http://current.ndl.go.jp/e872

 日本はマイクロフィルムで満足してていいのかッと思った次第。もっと広く裁判資料が公開されれば、東京裁判の議論も熱くなるかもしれません。もちろん公開範囲等の条件は議論した上ですが。

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【写真教室】雪のかたちを追いかけて

 知り尽くした場所でもその時、その場しか撮れない雪の形や表面についた風紋があるのだそうだ。溶けはじめの雪やガラスの割れた部分に付着する粉雪。毎回発見がある。

 12月の写真教室のゲストは写真家の萩原義弘さん。元毎日新聞カメラマン。90年代から、閉山となった炭鉱や廃工場の痕跡と雪の造形をテーマにした撮影を続けている。99年に「巨幹残栄」、01年に写真集「SNOWY」を出版した。
http://www.nikon.co.jp/main/jpn/feelnikon/comfort/webgallery/200707hagiwara_yoshihiro/04.htm

 二十数年前、萩原さんが撮影し印画紙に焼いた写真を皆で回して見た。愛用するのはハッセルブラッドの6×6判(中判)カメラ。
http://homepage3.nifty.com/kondoh/hassel.htm

 中判のいいところは、35mmフィルムより引き伸ばしが少ないため画質が粗くならない所だそうだ。料理写真は4×5(大判)を使うというが、中判カメラの方が当然軽くて持ち歩けるし、ロールフィルムを使える。印画紙にもこだわりがあり、外国製品の名前をいくつか挙げられたが素人には良く分からない。

 雲の形は報道のスクープ写真と同じく、瞬間が大事だという。山の上に雲が来るのを待っていると、被写体を思う気持ちが伝わるのか、本当に来るのだそうだ。赤フィルタやオレンジのフィルタを使うと、雲のコントラストが上がるという。福島県の好間炭鉱ズリ山の写真には、シュークリームのような雲のかたまりがのんびり浮かんでいる。

 「巨幹残栄」で印象に残った写真は、山口県の長生炭鉱。太平洋戦争の最中の昭和17年2月の水没事故により閉山し、坑道には犠牲者183名が今も引き上げられないまま眠っているのだそうだ。大半が強制連行された朝鮮人であるという。新聞記事を見ると、韓国は調査団を派遣する一方、日本側が行政レベルで動かない。
http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2007/01/0701j0210-00001.htm

 つづいて「SNOWY」の写真を見ながら話を聞く。とにかくさまざまな形の雪があって、あきない。夏徒歩20分で行ける炭鉱までの距離を深い雪をかきわけ、10分歩いて5分休みながら進むのだが、ある年は低血糖で身動きが取れなくなり病院に運ばれ、アーモンドチョコレートが必需品になったとか。
 今年は夕暮れ時を撮影したいとのことだが、日が沈むうちに撮影は1、2枚できればいいという。

 萩原さんは今、かつての夕張炭鉱周辺をデジタルで撮影している。デジタルカメラを「現代のツール」として扱うことで時代を表現したいということだ。

 萩原さんのホームページはこちらで。
http://the-za.somard.co.jp/j_photo/jp_space/y_hagiwara_top.shtml
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戦跡写真家

 
 ネットで安島太佳由さんという方のサイトを見つけた。95年から戦争遺跡をテーマに撮影活動を続けておられるそうだ。最新の写真集は「要塞列島」。今月8日から11日まで「ラジオ深夜便」に出演されていたという。
 今年に入ってから、グアム、フィリピン、パプアニューギニアを訪れておられるそうだ。

 安島さんのサイトはこちら。
http://www.f6.dion.ne.jp/~yasujima/index.html
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ネットで見られる第二次世界大戦史料

 12月20日付の新聞で興味を引かれる記事があった。
 

 大戦の史料 ネット公開 米国立公文書館(NARA)
http://www.asahi.com/digital/internet/TKY200812200138.html
 

 日本軍兵士の日記を含む第二次世界大戦の史料50万点が今月中無料で閲覧できる。行政が民間企業と提携して大規模なアーカイブの公開を行うのは日本で聞いたことがない。
 

 公開先は民間企業Footnote社が運営するサイト。
http://www.footnote.com/
 

 「Japan」で検索した結果がこちら。
http://go.footnote.com/results.php?query=Japan&category=ww2
 

 NARAは所蔵する公文書のうち、約4500万ページの電子化をFootnote社に委託、5年間は同社のサーバー上で有料公開し、その後、NARAのサーバーで無償利用できるようにする協定を結んでいる(現在はNARAの閲覧室と分館でも無償利用が可能)。
 

 先日、電子図書館に関するシンポジウムで、書籍のデジタル化の値段が非常に高く、図書館側の作業が遅いという話題が上っていた。米国も昔は行政まかせで、スミソニアン博物館が民間に電子化を委託する際に騒動もあった(らしい)。
 

 Footnote.comは脚注機能を付けられたり、マイページで写真をコレクションできる機能が便利。
http://akihitok.typepad.jp/blog/2007/01/wikipedia_footn_65d3.html
 

 また、利用者が文書を投稿する機能があるので、新たな貴重文書が見つかることをNARAは期待しているとか。米国はやっぱり進んでいる。

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軍医学校の人骨問題

 靖国神社のフィールドワークが無事終わり、長谷川さんにお礼のメールを送った。補足で昔、新宿区に住んでいたので新宿の戦跡にも興味があると話したところ、長谷川さんより、「人骨の会」の新宿戦跡ツアーのお誘いをいただいた。3月29日、お花見と兼ねて戦跡めぐりが決定。
http://www.geocities.co.jp/Technopolis/9073/zinkotuhp/ivent1.htm

 陸軍軍医学校のあった戸山地区は昔の家の近所だ。概要は以下の通りだが、
http://www.geocities.co.jp/Technopolis/9073/zinkotuhp/document.htm
 問題は「佐倉鑑定」が出た後にあえて厚生省が人骨を焼却処分しようとした点にある。財務省若松住宅横の公園の辺りに未だ人骨が埋まっている証言もあり、今後の動きが気になる。これは行くべきだろう。長谷川さんありがとうございました。

 住んでいた頃の地元の話題は、第6陸軍科学研究所跡(新宿区百人町3丁目)の地中にイペリットガス弾遺棄疑惑だった。同研究所は私の田舎富山県高岡市でも出張所を作ってイペリットガスを製造していた。こんな所で結びつかなくてもなぁ……。
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登戸研究所展示資料館 プレ展示


明治大学が26号棟を改装して作る登戸研究所展示資料館のプレ展示を見に、三たび生田キャンパスへ。校門に着くと学園祭の真っ最中で騒々しい。学生に誘われて焼きそば食べちゃったよ…(^^;

会場の生田図書館にあった展示は地味だった。ガラスケースには石井式濾水機と登戸研究所に関する本があり、略年表と資料館の概要をパネルで紹介。講演会で聞いた内容とほぼ同じだ。
見学者数を聞いたところ、前日が約65人、今日は私が四十数番目と聞いた。1日45人見学として、11日間で500人程度は見に来ているようだ。
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質問メール(登戸研究所保存の会)

 見学会の後、登戸研究所保存の会の方に質問してみた。
 許可をいただいたので以下掲載します。
---------------

 登戸研究所保存の会の森田です。
 見学会に参加していただきありがとうございました。
 (中略)

<質問について>

(1) 今回壊される対象といわれている木造建築は学術的にあまり価値のないものなのでしょうか?

  渡辺(健二)先生の本などを読むと、当時の木造工場建築の工法からすると内部に柱なども無く、材料も確かなものを使用しているとの記述もあります。ただ、専門的な詳細調査などはこれからのようです。文化庁は全く未調査ですからそれらの判断はしていません。
  ただ、全国で重要な戦争遺跡50の1つとしてまもなく報告書が出ると聞いていますが…。報告書が出ないのも政治的な問題があるからとも聞いています…。

(2) 年間5億の維持費ということですが、市の試算は合っているのでしょうか。国の補助金はないのですか。

  「年間5億の維持費」はどこから出てきたのか、聞いていませんのでわかりません。
  私たちの会が、昨年3月に川崎市議会に対して「木造建物2棟の移転も含めた保存」と「明治大学が資料館を設立するのだからに物心両面で協力すること」の2点の請願をしたとき、川崎市の幹部は「木造建物2棟」を移築すると3億数千万円かかると答弁しています。
  国の補助は、沖縄とか広島のドームのような重要文化財になれば別ですが、登戸研究所ぐらいですと「登録文化財」に指定されるだけで、いろいろとランクがあってこの「登録文化財」というのは維持管理費もでない制度です。

(3) 川崎市議会の議事録を拝見すると、7月に議会で議論があったようですが

  7月議会では、おそらく無防備都市条例についての議論だと思います。これはまったく別の議案です。私たちは何も関わっていません。川崎市議会のホームページの平成20年第2回定例会会議録をみると、6月23日「33番斉藤隆司議員(共産党)」と、6月24日41番菅原進議員(公明党)が登戸研究所保存について質問しています。2人が同一議会で質問するだけでも大きな前進だし私たちにとっとは励ましだと思っています。ご覧になってください。

  大学はなんだかんだと言っても、資料館の設立まですすめているのですから、川崎市としても応分の補助援助をして次の世代にきちんと平和についてしっかりした教育をするべきで、そのための見て・知って・考える絶好の場所だと思っています。大学側の違法建築が発覚して木造建物の解体が猶予された機会を最大限に生かして多くの市民に知ってもらい、保存の機運を大いに高めていこうと思っていますのでよろしくお願いします。

 見学会における大学側の話ではもう壊されるのもやむなしという言い方だったが実際は検討の余地が残されているようだ。

 ところで、森田さんが(1)で取り上げた「調査書」は、文化庁が2002年に始めた初の軍事遺跡の詳細調査なのだが、たしかに未だに調査結果が出ていない。
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-103480-storytopic-86.html
 文化庁によれば、昨年度末に出る予定が延期され今年度末に出る予定だとのこと。

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登戸研究所を見に行く

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 世間は3連休。せっかく休みだし、戦争遺跡のゼミに入った手前、実際に遺跡を見に行こうと思い立った。

 六本木にある旧歩兵第三連隊兵舎の前を時々通る。二・二六事件の時に反乱を起こした将校が出撃した場所だ。国立新美術館建設後に大半が取り壊され、現存する部分は10分の1にも満たないらしい。兵舎保存に対し、黒川紀章氏が激怒したらしいとか。

 体裁も遺跡というより美術品。ガラス張りで美しすぎて、これ遺跡?という趣だ。ポンピドーセンターの建築家が設計した政策研究大学院大学と国立新美術館の間に挟まれ、観光客にはオブジェと思われているかもしれない。

 もっと戦時の痕跡を留めた戦争遺跡はないのか?ネットを検索していたら、川崎市多摩区の明治大学生田校舎にある旧陸軍登戸研究所の写真がブログに掲載されており、興味を引かれた。

 陸軍には第1から第10まで技術研究所があり、登戸研究所は第9技術研究所の秘匿名で秘密戦器材を開発していた研究所だ。当時殺人光線や風船爆弾、原爆の研究もしていたという。陸軍中野学校にも関係の深い場所でもあり、東京裁判でも詳細が明かされず、帝銀事件で使われた毒物が同研究所で製造された青酸ニトリールであるとして話題になった。89年には毒物兵器に関する内部文書も市民グループの手で見つかっている。

 戦後明治大学が国から敷地を買い取り、校舎を利用してきたが、新校舎ができるたび当時の建物が壊されてきた。2005年には文化庁の軍事に関する近代遺跡のうち、特に重要で詳しい調査が必要とされる50件の中に選ばれている。

 関連書籍は多数出ているのだが、保存運動について調べると90年から署名運動が始まっているようだ。現存する施設が取り壊される計画が浮上したのが2005年。「旧陸軍登戸研究所の保存を求める市民の会」(http://www.geocities.jp/noboritokenkyujo/)が結成されたのが2006年。
 神奈川新聞によると、2010年までは暫定保存されることになり、文化財になるかどうかはこれからが正念場だという。
http://www.kanaloco.jp/localnews/entry/entryxiiiaug080852/

 文化庁に選ばれたから取り壊す必要がないのでは…と思いきや、調査や保存は自治体任せというのは一体どういうことだろう。
http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200802070085.html

 個人的に戦争遺跡を見るなら研究所めぐりだろうか?第1から第10まで残っていればいいが現存している場所は少ないのだろうなあ。

 そんなわけで文化の日、小田急の向ヶ丘遊園駅で下車して生田校舎に向かった。
 正面を入り右手に見えるのは2004年にできた第二校舎A館。一見どこにでもあるような近代的なキャンパスだ。

 左に曲がり、研究室を見ながら5分ほど歩くと、1号館の裏手に突然、時間が止まったような空間が現れた。夏なら肝試しに使えそうな雰囲気だ。

 現存する5号棟と26号棟の2つの木造建築は、第三科と呼ばれる極秘部署の管轄だった建物。少し離れて風船爆弾や枯葉剤を研究していた36号棟がある。キャンパス内の地図にははっきり書いてあるものの、明治大学ホームページでは存在すらない。
http://www.meiji.ac.jp/koho/campus_guide/ikuta/campus.html

 木造建築を見る前、構内の反対側にある弥心神社へ寄った。手水舎は枯れており、賽銭箱周辺の掃除も長らくしていない。研究中に事故死した職員をまつっているのにたたられやしないか?ここも夕方近寄るのは怖い場所だ。

 5号棟は中国に傀儡政権を作るために用意された偽札工場だった。離れた所で見入っていると、つなぎを着た学生がバケツを持って入っていく。おいおいそんな気軽に遺跡に入れるの?

 「入ってもいいんですか?」と聞くと、
 「ここ倉庫ですけど? 農具が入っているだけですよ」といぶかしげな顔をされた。
 蜘蛛の巣を真上に見ながら割れたガラス窓から中を覗くと、実験道具が置かれる物置になっていた。

 26号棟も同様の目的で使用された建物だがロープが張られ、入ることができない。ここにも大きな蜘蛛の巣。裏口に回るとツタ。いまどきこんな老朽化した建物は珍しい。

 食堂館スクエア21前にある、陸軍の☆マークがついた消火栓は、吸殻が詰め込まれ灰皿代わり(?)になっていた。半分地中に埋まっており、最初通った時は見逃した位だ。もうひとつの消火栓はベンチが並ぶ並木道。すぐ近くに農学部卒業生の植村直己の記念碑がある。

 大学の管理が行き届いていると思っていたが、一部普段使いもされている状況なのに驚く。現状では「文化財」という扱いではないようだ。
 今まで博物館で丁寧に保存され公開されている史跡や遺品ばかりを見慣れてきた分、保存がなぜここまで無造作になるのか不思議でたまらない。

 学術調査が一番の決め手なのだろうが、地域資源と言われるだけのインパクトは十分あり、壊すのはもったいないと感じた。以下の通り近々講演会もあるようなので見に行くことにした。

 というわけで登戸研究所の話は次回につづく。

 <登戸研究所に関するイベント>

 11月8日(土)10:30~12:30 講演会(明治大学生田校舎)
「明治大学登戸研究所展示資料館の目的と展示構想」山田朗(文学部教授)
「アジア太平洋戦争で陸軍登戸研究所が果たした役割」渡邉賢二(文学部兼任講師)

 11月17日(月)~11月27日(木)
 開設予定の登戸研究所展示資料館のプレ展示開催(明治大学生田図書館)

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学会書類提出

 今は朝マックしながら、学会に提出する書類を書いている。
 本日締め切り。いやーもう逃げられません!!

 博士課程を修了した知人によると、学会の難易度も初学者が挑戦できるレベルからベテラン向けの敷居が高いものまで色々だそうだ。もう5回は「提出やめたい」「打ちのめされて2年生から大学に来れなくなるのでは」と叫んでいるのだが、彼女曰く「いや、そうしてこそ勉強が進むのよ」とにこにこして言う。

 そうしているうちに1年生で提出するのは大手ゼミを取りまとめる敏腕ゼミ長と逃げ遅れた私だけになってしまったではないか。
 提出すると宣言した他の学生は裏切ったらしい。ショック!(苦笑)。心境はほとんど崖っぷち(…って毎日だが)。

 学会に出す利点は、ズバリ「修士論文が進むこと」。「修士論文の2章位まで」を仕上げる位にすることがコツだという。だから形式もそれに近い形で書くといいのだとか。
 書類の段階では当然、研究が進んだ(あるいは進むと見込まれる)範囲までを要旨とする。下手に大風呂敷を広げてしまうと、後で困った話になるので注意。

 しかし先日、私より10歳以上も年齢離れた若者(同じ学校の出身)が米国の政治学系の学会に乗り込み玉砕してきた話を聞いて、いったい彼と同じ頃にワタシ何やってたの、と腹立たしい気持ちがした。学会自体、自分とは縁がないものだと思ってきた了見の狭さ。

 20代の時やらなかったことが今日の後悔を生んでいる。恥はできるだけ若いうちにかいておけということか。
 

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ブログ論壇の誕生

 昨晩「ブログ論壇の誕生」(文春新書)を読む。
最近、ロスジェネ世代の意見交換が活発だ。
ブログの誕生で情報発信のコストが大幅に下がり、若い世代が発言する余地ができた。結果ブログによる「ネット世論」が形成され、メディアに対する包囲網となり各社を脅かしている。
 ブログはネット上のあらゆる読者の目を通すため論理的に厳しく書かざるを得なくなり、一次情報を重視するメディアより分析力が高い記事が多くなっているという。
 一方、論理的に書けない人も情動に訴える「ニコニコ動画」を活用しており(政治家も影響力に注目)、5歳下の年代はケータイを活用しているとのこと。

 私は新聞の主力読者層の世代にいないゆえに、文字を大きくすることで情報を減らしたり、高齢者向きの話題が多いのは以前から気になっている。高齢者寄りのメディアを作る若い作り手はどう思っているんだろう?

 さて、今日も気持ちのいい朝です!

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【hamapro先生のビデオ教室】撮影実習

 夏からビデオ撮影と編集の教室に行っている。土曜日は4時間講座に費やし、夕方はゼミ出席。

講師のhamapro先生は元報道カメラマン。カルチャーセンターの仕事をしていたときは、自作パソコンを寄付してハイビジョン講座を運営したご経験がある。

 13日は民族舞踊の撮影で増上寺。使わせていただいたのは、11月発売予定のソニーのハイアマチュア用HDVカメラ。

 帰りは、青山のパスタ屋で映像を再生しながら、反省会。
 「これ、僕が撮影したところでしょ」いえいえ私が撮影したところですって!…などと腹の中で考えたが始めたばかりだし、数秒良くたって手振れでダメな部分が非常に多くとても口答えできる立場ではない。まだまだ道は
遠そうだ……。

HDV・ハイビジョン・ワールドブログ
http://hamapro.blog.so-net.ne.jp/

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撮影は2枚

先週、写真教室の有志と日本カメラ博物館で、富山治夫先生の展覧会「現代語感」を見た。
http://blog.canpan.info/tomiyama/

 たまたま会場におられた富山先生がご説明してくださるというハプニング。

 先生は旅で印象に残る場所を記憶し、現地に着くまでに大体光の加減や構図を決めているため実際の撮影は2枚で済むという。

 先生はすでに自力で写真をデジタル化し、1TBのハードディスクで保管していらっしゃるそうだ。記事にもなったが日本写真協会の書庫にはまだ紙焼きの写真が大量に保管されているがデジタル化はほとんど進んでいないという。

 ところで、25日のニュースで今度は映画の保存の話。

記録映画、保存に力 研究者らセンター設立
http://www.asahi.com/showbiz/movie/TKY200810250086.html

 デジタル化は永久保存できると誤解されがちだが、画像の場合、OSやハードの進化、保存形式、メディア(CD-ROM、フロッピー)の劣化で長期間の保存にはコストがかかるのが現状。国立国会図書館所蔵の電子資料も90年代初めに作成されたものが全く使えないことになったらしい。一番確実なのはハードディスクだが、自動バックアップができる仕組みもこれからだそうで、結局は紙で残すのが確実という専門家もいるのだが。
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はじめに

 今春、21世紀社会デザイン研究科に入学し半年になる。もう10月も終わりで時のたつのも早いものだ。前期はあまり行けなかった飲み会で交流ができて、少しうれしい今日この頃だ。そしてこの立花ゼミでブログを開けることもうれしいことです。どうぞよろしくお願いします。
 
  ところで某ゼミの飲み会で「いやー、ケイコさんて何でここに来たの」という話になった。私の通学理由は話したことはないのだが、他の学生の方々がなぜ学びに来たのかあまり聞く機会もなかった。きっと学生の方々それぞれにドラマがあるのだろうな、聞いてみたいなと思っていた。
 
 以前から大人の学び、特に就職氷河期世代の学びについて興味があった。終身雇用が崩れたと言われて10年。「格差社会」という言葉も定着し、収入格差、就職機会の不平等が話題にされることが多い。
 一方、世の中の先行きが見えなくなった分、時代の変化に対応するための学習のニーズも潜在的に高まっている。今後は子供だけではなく大人の学習格差も問題になるのではないだろうか。
 
  最近、若者の中で将来への閉塞感が強まっているのを感じる。秋葉原無差別事件も記憶に新しい。しかし容疑者に経済的に余裕があり、将来の先行きを学ぶ機会があれば彼が思うほどの壁を感じただろうか。

  彼の掲示板への書き込みに共感を示す人々は少なくなかったが、それでも最終的に許容できないのは、派遣労働にせよ、彼女ができないにせよ、「二十代半ばなら軌道修正できることもあったんじゃないのか」ということ。そして周囲に言ってくれる人がいなかったのかな、ということ。この事件は、就職氷河期を共有する立場として悲しくなってしまった事件だった。

  学校を卒業しても、後で知りたいことは色々あるはずだ。そんな氷河期世代のニーズにこたえられる学びの場ってあるのだろうか。
 
  ところで、そもそも勉強って何?このブログを作るにあたり、立花先生の著書を拝見し、考えてしまった。
  先ごろ人気の勝間さんや本田さんの本を読めば話は済むのか、ビジネススクールに通えば話は済むのか?カルチャーセンターに通えばいいのか。
  団塊の世代のおっしゃる教養について、どういうスタンスでつきあえばいいのか。学びには色々形があるけれど、どのように活用したらいいのか。
 
   会社との両立、学校の学びを会社でどう生かすか、これも社会人が課題にしていることだろう。私の場合、通学するにあたり会社との調整にてこずった。しかし会社に通学を言えずこっそり通っておられる方もいると聞く。理系の産学連携は進んでいるようだが、文系は無理なのか。

 疑問は増えれど答えは見つからない。だったらブログを立ち上げて人に会い、本を調べてみようと思った。ものごとを否定せず、淡々と紹介しながら考えを固めていけばいいんじゃないか。
 そういう感じのブログになればいいなと思っています。
 
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